コラム

第15回 「炭鉱事故と救護隊」

第14回 「社長と安全」

第13回 「ほめるか しかるか」

第12回 「災害の記憶をどう語り継げばよいのだろう」

第11回 「埋もれてしまった報道情報を知りたい」

第10回 「モラルはなぜ生まれたのか」

第9回 「震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい」

第8回 「未曾有の大災害 マスコミ報道と自分たちの役割を考える」

第7回 「改善は安全に」

第6回 「事故事例は役に立つのか?」

第5回 「えっ!しらないの?」

第4回 「化学安全における経営層の役割」

第3回 「災害報道と原因の探求」

第2回 「産業における安全文化(1)」

第1回 「化学安全と難波先生」

「炭鉱事故と救護隊」

 2012年末に九州産業保安監督部を訪問する機会があった。産業保安監督部は経済産業省の地方組織で,九州産業保安監督部は九州各県の産業安全に関わる業務を行っている。かつて同産業保安監督部の仕事の中心は,なんといっても炭鉱の安全であったという。ベテランの幹部職員によると,炭鉱事故では,直後に炭鉱でもっとも信頼された鉱夫達で組織された救護隊員が,危険きわまりない坑内に向かう姿が心に残っているそうだ。救護隊は昭和24年(1949年)に施行された鉱山保安法で設置を義務づけられた,いわゆるレスキュー隊であるが,炭鉱の救援活動では粉じん爆発や一酸化炭素中毒など二次災害の危険性が極めて高かったとされる。三菱美唄記念館を取材した,美唄の炭鉱マチ出身の新聞記者はそのブログで"救護隊は選りすぐったベテランの坑内員で編成しました。時には,隣町の鉱山に出動を要請して特別編成した「救護隊」,つまり,決死隊が燃えさかる坑内に向かったのです。マネキンに残された救護隊の姿は炭鉱のマチが抱え込んだ困難と悲しみを思い起こさせます。"と語っている。炭鉱では戦場と同じような死生観すらあったのではないかと思われる。

 安全に関する法規や行政指導が進みつつあった第二次世界大戦後の炭鉱事故でも,他の産業との死者数の相違は桁違いである。被害拡大の最大の要因は経営層による安全や人命の軽視であり,現場で命を張った救護隊の思いと当時の炭鉱経営者のモラルの乖離には唖然とするばかりである。

1958年 福岡県大昇炭鉱,死者14人
1960年 福岡県豊州炭鉱,死者・行方不明67人
1960年 北炭夕張炭鉱 死者42人
1961年 福岡県上清炭鉱 死者71人
    福岡県大辻炭鉱 死者26人
1963年 福岡県三井三池炭鉱 死者・行方不明458人だけでなく,839人もが一酸化炭素中毒となった
1965年 北炭夕張鉱業所 死者・行方不明61人
1965年 福岡県三井山野炭鉱 坑内にいた552人中,279人が死亡
1972年 石狩炭鉱石狩鉱業所 死者31人
1981年 北炭夕張新炭鉱 死者93人
1984年 福岡県三井三池炭鉱 死者83人
1985年 三菱南大夕張炭鉱 死者62人

 悲惨だった炭鉱の状況を語り継ぐブログも少なくない。安全に関わる人達には是非訪れていただき,産業安全について考えていただきたいと思う。

・「空色コールマイン」
・「異風者からの通信」
・「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
NPO安全工学会 保安力向上センター準備室長
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「社長と安全」

 3月11日の東日本大震災のあと,国の安全関連研究予算の増加や安全をキーワードにした書籍の売れいきがよいことなどから,日本全体が安全への高い関心を維持していることが感じられる。とくに,福島原発の経緯は,企業の経営層に大きなインパクトを与えたといわれる。このコラムでも以前,英国石油テキサス製油所の火災などを契機に重視され始めた,産業安全に対する経営層の役割についての国際的な動向を紹介した。

 安全工学会が石油化学の社長さん達との対話を始めたのは,震災前の2010年であった。その目的は化学産業の経営者が,製造現場の安全に果たすべき役割をガイドラインとして整備することであった。安全工学会の小野峰男前会長(丸善石油化学(株)元社長)はガイドライン作成の趣旨を次のように述べられている。「社長が会社の活動の全てに責任を持つのは当然だが,どの会社も組織上安全の総責任者を置き責任と権限を委譲している。しかし,業務分掌ではカバーしきれない曖昧な部分があり,この隙間を円滑に埋めることが社長に求められる。この考え方に立って社長の行動指針を作成した」。行動指針の議論には,石油化学会社の数多くの社長,会長が参加されたということであった。この「社長の安全懇談会」の活発な意見交換を受けて,「安全担当役員の安全対話」,「事業所長の安全検討会」が継続的に実施されることとなった。

 今,(国研)産業技術総合研究所は安全工学会と連携して,企業自らが自己の安全レベルを評価し弱点を改善する仕組みである"保安力評価システム"の構築を行っている。このシステムについて産業界の理解をいただくために,石油化学の大手十数社の社長さんを訪問した。皆さん安全の確保に関しては前向きで,提言やコメントを頂戴した。印象に残ったコメントを紹介したい。

・安全は第1という順番の話ではなく,企業存続のための最優先事項であると考えている社長さんが複数人おられた。

・技術系の学生の大部分は研究指向で,現場を希望するものが少ない。産学が共同で学生に現場経験をさせる場の創成や,(学にお願いするのではなく)企業主体で共同研究をつくっていく必要がある。大学だけではなくアカデミア全体との連携は重要である。

・若い人は修羅場経験が少なく,また,設備もコンピュータ制御で安全装置が多いため,プラントが危険だという実感がない。

・管理値による管理が中心となってしまって,本質を考えなくなってきた。

・若い人達の収入や昇進への意欲は低下しているが,社会的な貢献(ボランティア)への関心が高い。このことは経営者として考えるべき点かもしれない。

 経営層の安全への関心は,経営者が震災から事故による損害の大きさを実感したというだけではなく,企業の社会的価値が企業の存続に大きな意味を持つと感じ始めていることによるのではないだろうか。一方,若者の感性が変わりつつある今,経営者の本気度とそれが現場にうまく伝わる仕組みがなければ,せっかく培われてきた現場の力が衰退してしまう恐れがなくはない。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
NPO安全工学会 保安力向上センター準備室長
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「ほめるか しかるか」

 最近,石油精製と石油化学の工場長さんや環境安全部門の方々の話を伺う機会に恵まれている。私たちのグループの業務の柱でもある「産業保安」は,産業との連携なしには意味をなさないわけで,とてもありがたい。現場の管理者との対話から,皆さんがもっとも力を入れ,かつ悩んでいるのが,モチベーションと教育であることが強く感じられた。

 高経齢化の進む化学プラントでは計画的な設備保全に加えて,思わぬ腐食や故障による想定外のトラブルや事故の可能性も無視できない。"街頭監視カメラ"をいくらたくさん付けても,犯罪が防止しきれないのと同様,検知警報システムに頼るには限界がある。現場の発見力が重視されるゆえんである。安全管理のベテランは,異常な事象を未然に発見するには経験や技術に加えて,それを見つけ出そうという熱意が最も重要だ,と言われる。しかし,これがなかなか難しい。衣食の足りた若い世代が,生活の糧である自らの職場を真剣に守ろう,と思わせるにはどうすればいいのだろうか。現場モチベーションの向上を,ほめることから始めようとの試みが増加しているようだが,叱る(罰する)ことで規律を引き締めることも大事であるという,欧米的な意見も聞こえてくる。

 ほめることとしかることは教育の基本だといわれるが,そのバランスが難しい。出版社のドル箱である,教育書には"しかって育てる","ほめて育てる"のコンセプトが溢れている。尾木ママこと尾木直樹氏は子育てのポイントは「叱る」ことより「ほめる」ことだという。しかし,叱るなというのではない,叱ることは怒ることではないよ,と言っているのである。

 NPO安全工学会がプロセス現場と管理の経験者の知恵を集めて作成した,産業の安全文化に関する評価項目でも,部下のモチベーションを上げるために,"安全優先の姿勢をほめる態度"について採点する。1点(最低点)は,"ほめることの効果を理解していない"であり,次いで2点"わかりやすい成果が出た場合のみほめている",3点"上長は業務上の成果や安全優先の態度に対し部下をほめている",4点"納得感を与えつつほめることが,部下への刺激となっている",そして最高点(5点)は"安全優先の姿勢をほめることが定着して高い安全風土ができている"である。なお,5点であるためには,第三者が職場の各層にヒアリングをして,成熟した安全風土の確認をする必要がある。

 むろん,現場では皆が決められたルールを守り,時には厳しく接することが大前提であることはいうまでもない。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
NPO安全工学会 保安力向上センター準備室長
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

] 「災害の記憶をどう語り継げばよいのだろう」

 両国駅から国技館の横を通り5分ほど歩くと,独特の三重塔が屋根から伸びている堂々たる建物が見えてくる。築地本願寺などで知られ,建築家として初の文化勲章を受章した伊東忠太が設計した東京都慰霊堂である。ここには陸軍被服廠の跡地で,1923年9月1日には,大規模な運動公園をつくるため空き地だったという。同日の11時58分32秒に発生した関東大震災を逃れて,この空き地に避難した人々を猛火が襲い4万4000人以上がそこで亡くなったという。それらの人たちの霊を祭るため1930年に「震災記念堂」として建設されたが,1944年,1945年の東京大空襲の身元不明者を隣接する納骨堂に整葬し,1951年に「東京都慰霊堂」と改称された。震災と空襲の被害の様子を示す膨大な写真が展示されているが,訪れる人の姿はほとんどなく,時間の流れに埋まってしまっているようだ。ここは祈りの場である。悲惨な写真に囲まれながら,震災を語り継いで,震災から学ぶことのむつかしさを感じたのである。

 震災の記録を残すために多様な取り組みが始まっている。消防庁は自治体消防と連携して,産業施設の地震と津波の被害を細かく調査し,講演会やホームページでの公開を続けている。NPO安全工学会は,3月11日の大震災に続いて4月11日,12日にいわき市周辺をおそった,激しい直下型地震による化学プラントの被災状況を詳しく分析し,化学プラントの緊急時対応,復旧,復興のための教訓や良好事例を整理した。また,大震災の記録を様々な情報媒体を利用して収集し,インターネット上で公開する「デジタルアーカイブ」の取り組みが本格化している。GoogleやYahooなどのインターネットサイトが画像や情報を一括管理したり,研究機関や大学による大震災関連の膨大な情報の分析作業などが始まっている。事故事例は集めることが目的ではなく,安全を確保するための出発点に過ぎない。特に周期の予測できない自然災害では,情報の防災対策への反映以上に,個人に対する息の長い記憶の伝達が求められる。

 東日本大震災では,「津波てんでんこ」に代表されるように過去の悲劇が教訓として語り継がれ,多くの人に本能的な避難行動をとらせて,津波から逃げることができた例も少なくない。しかし,年齢の逆ピラミット化の進む日本では,逃げられるものがまず逃げる,ではすまない。災害弱者とともに皆が無事に逃げるための,丁寧な仕組みが求められる。その仕組みがないために,老人や幼児を助けに戻って津波に巻き込まれてしまった例が各地で報告されている。

 遠い未来への記憶の伝承はシンプルであることが望ましいが,社会システムが高度化して人間関係がさらに希薄になるであろう将来に向けて,どうすればいいのだろうか。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「埋もれてしまった報道情報を知りたい」

 2011年3月11日の安全の崩壊から9ヶ月を過ぎても,宮城,福島を中心に多くの苦しみがあふれている。安全を業としながら,被災した人たちの役に立つことができず,どうすればよかったのかの結論も得られていないが,"安全に関わるものの役割"を考え続けることが重要だと思っている。

 保安行政に直接携わっていない我々にとって,マスコミが発信する事故情報は速報性,網羅性の両面からきわめて貴重である。幸い新聞やテレビなどの情報を一括検索できるサイトが増え,情報の収集がずいぶん楽になった。昨年までと同じキーワードで2011年の化学事故を検索すると,大震災以後半年以上にわたって大きな事故を見つけられなかった。記者が足で集めた貴重な情報も,新聞のスペースは限られており,デスク(編集長)が取捨選択しているそうだ。大震災に関して載せるべき情報は膨大で,どれほどスペースがあっても足りない状況であったことは理解できる。また,事故のようなマイナス情報をあまり流したくないという気持ちも働いたのかもしれない。事故情報はしっかり分析し解きほぐすことによって,安全を守り,進化させるための貴重な資源となる。大災害時という特殊な事情ということではなく,せっかく集められながら日々捨てられている,情報の有効利用を考える必要があるのではないだろうか。

 また,新聞,雑誌検索では和訳された国外の事故情報も入手可能になりつつある。気になるのは中国や韓国,タイなどアジアで産業が急速に発展している国の事故の多さである。中国とタイの2011年に起きた事故例をあげてみると,花火や酸化剤など高エネルギー物質や反応性物質など,かつて我が国でも多発し,徐々に克服しつつある種類の事故が多いように思われる。RISCADの活用も含め,周辺の国々への安全面の支援の仕組みをつくりたいものである。

2011年
中国での産業火災・爆発の例
2月8日 吉林省の爆竹工場で爆発,2人死亡
4月15日 大慶の化学工場で爆発事故,9人死亡
8月18日 湖北省中国で花火工場爆発,住民多数生き埋め
11月2日 山東省のメラミン製造工場で爆発,14人死亡
11月25日 広州市の化学工場の酸化剤倉庫で爆発火災,周辺住民6千人避難

タイでの産業火災・爆発の例
1月13日 花火工場で爆発、3人が死亡
3月24日 花火工場で爆発、多数の死傷者
6月16日 プラスチック成形工場全焼
     同じ頃にプラスチックリサイクル工場でも大爆発
7月19日 パームオイルオイルタンクが爆発、1人が重傷

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「モラルはなぜ生まれたのか」

 風評におびえて,福島の煙火工場でつくられた花火の打ち上げに反対した日進町市民や,震災で倒れた木からつくった薪を燃やすことに反発した京都市民のニュースが踊っていた。数十人の声に押されてイベントを中止した主催者を含めて,彼らが傷つけたのは東北の人たちだけではない。被災地に心から同情している多くの善良な地元の人たちの人格を傷つけ,町の名誉を損なったのである。おびえた市民ばかりを責めることはできない。安心の大本である適切な情報の提供を怠り,風評が生じるような状況を作った行政や電力会社の責任は,きわめて大きいことは言うまでもない。

 京都大学霊長類研究所などで知られる猿学という動物生態学がある。猿学の最大の目的は人間を知ることにあるといわれる。「利己的なサル,他人を思いやるサル」(フランス・ドウ・ヴァール著,草思社刊)は震災に揺れる日本人にとって興味深い一冊である。原題は「GOOD NATURED : The origins of Right and Wrong in Humans and Other Animals」で,この方が内容を良く表しているように思われる。

 ドウ・ヴァールはオランダが生んだ動物行動学の鬼才といわれている。長くチンパンジーなど霊長類や他の動物たちの,人間的といわれる(人間のみの持つ特性と自負されている)行為を観察し,時には献身的であり時にはエゴイストになる人間の原型を彼らに見いだしている。

 結論の部分を一部引用する。

 「チンパンジーは攻撃を受けたものを優しくなでたり,腹を空かせた仲間と食べ物を分け合ったりする。また,人間も泣いている子を抱き上げたり,恵まれない人に食事を出すボランティアをする。チンパンジーの行動は本能に基づいていて,人間のほうは道徳的な配慮の表れだとするのは,おそらく間違っている。人間以外の動物を"道徳的な生き物"と呼ぶのはためらわれるが,人間の道徳性の底に流れる感情や認知能力の多くは,人類が地球上に存在する前から存在していたものである」,「一方,同じ種の弱者を攻撃,搾取するような利己的な行為も人間を含めた霊長類全体によくみられる」。それに対して,道徳性は進化するものであろうか。著者は多くのチンパンジーグループの観察から,「集団の助け合いが食物を手に入れ,敵から身を守ることに有利に働く場合などを,チンパンジー社会の道徳性進化の条件として挙げている」。

 未曾有の大震災や放射能の汚染は,日本人全体に降りかかった大きなプレッシャーである。猿学の視点から見ると,このプレッシャーは日本人にとって,集団の助け合い(利他的行動)という道徳性を向上させる,良い機会であるといえるのではないだろうか。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「震災で考えたこと:事故からは成功体験も学びたい」

 5月下旬,畑村洋太郎東京大学名誉教授が福島第一原子力発電所の事故調査・検証委員会の委員長に就任されたという。"創造に失敗はつきものであり,失敗を分析することで成功への道が開けてくる"というコンセプトで知られる,失敗学の提唱者である。失敗という負の価値を成功の基とする考え方は,中国の格言"失敗是成功之母"だけではなく,似たような表現は諸国にあるという。しかし,これらの格言は失敗にもめげず努力を積み重ねなさいという意味合いが強く,失敗に内在する価値の積極的な抽出とは意味が少し違う気がする。

 事故事例の活用は,事故に至る失敗要因の分類やその水平展開することなどに重点が置かれる。国外の事故データベースでは必須となっているLL (Lesson Learned) も,専門家による事故からの失敗の抽出が柱である。しかし,会社経営などの経済活動,教育やスポーツ,さまざまな社会活動でその向上を目指すときには,失敗より成功体験の活用が重視される。失敗を糧にすることもあるが,その比率はきわめて小さい。だからこそ,多くの人たちの目に,失敗に学べという畑村氏の主張が新鮮に映ったのだろう。

 事故から学ぶべきことはその発生から拡大までの失敗の連鎖と同様に,拡大を未然に防ぎ,事故の端緒である起因事象をうまく回避した成功の体験も重要である。

 事故が起きないと安全のありがたさは実感できないから,経営者が安全にお金を出したがらないという話をよく聞く。事故の回避に貢献した行動や機器の作動や偶然の出来事が,危機回避要因だった認識されることは意外に少ない。このような成功体験を"成功ナレッジベース"とすることも有意義ではないか。また,成功知識はヒヤリハットの中に埋まっていることも少なくない。ヒヤリハットの活用では,事故に伝播しなかった要因を見つける目を養うことが肝要だろう。

 話は飛ぶが,今回の地震と津波で多くの化学プラントが被害を受けており,燃えさかるLPガスタンクの映像を記憶されている方も多いだろう。しかし,危険有害物を多量に保有する化学施設から,周辺への被害の拡大は少なかったのではないだろうか。業界団体や保安防災にかかわる行政の協力を求めて,事故の拡大防止や被害の封じ込めに成功した事例を集め,非常時への対応強化に活用してはどうだろうか。

 OECD(国際経済開発協力機構)の化学品事故ワーキンググループは,自然災害が引き金になる化学事故のリスク低減を目指す新規プロジェクト"Natech (Control of The Impact of Natural Hazards on Chemical Installations)"を立ち上げており,日本からの協力への期待は少なくないようである。日本が提供すべき情報は,大震災によりどのような化学事故が起きたということより,化学プラントが事故の拡大をどのように防いだかに価値があるように思える。

 なお,Natechの活動については今後詳しくご紹介するが,現時点でのプロジェクトの考え方は以下を参照されたい。

Natech risk reduction in OECD Member Countries

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「未曾有の大災害 マスコミ報道と自分たちの役割を考える」

 3月11日の東日本大震災での津波のすさまじさは,被害に遭われた方々はむろんのこと,多くの日本人が大きな衝撃と悲しみを受けた。

 我々が見聞きしたこれまでの災害との大きな相違は,多くの町や村が全滅するといった被害の甚大さに加えて,被災地域の広さや地域行政機関,交通網の壊滅に伴う情報伝達の喪失である。大災害では状況把握が救援のための最重要課題であるといわれる。事故当日の段階では,マスコミがこのような巨大災害に対応する心構えや準備ができていなかったように感じられた。たとえば,発災当初から同じ津波のフィルムを何度も放送し,当初はあまり意味のない被災者数や倒壊家屋数などといった被害の数値の報道に,多くの時間を割いていた。災害発生初期に放送すべきことは,どのような危険が迫っているか,どのように危険を回避すべきなのかについて全力をあげるべきではなかったか。

 2日目には各社が競って被災現場や避難所に到達したが,提供された情報は,被災した人たちの救援に十分に生かせただろうか。生存者が取り残され孤立した場所が多数あるといいながら,比較的到着しやすい場所に取材が集まっているように感じられた。阪神淡路大地震でも,同じような理由で特定の避難所への取材の集中が指摘されたことを思い出す。報道機関が多くの機材やヘリコプターを投入している状況をみると,その機能を間接的であっても救援に使えないものかと,もどかしく感じている人は少なくないだろう。

 3日目には報道の相反する面が見えた。一面は被災者の困窮状態や要望に対する比較的丁寧な実態報道である。これには,阪神大災害の教訓が生きていると思われる。もう一面は,視聴率を意識した放映である。たとえば,悲惨な現場や津波の放映の繰り返しや,家族を亡くした方へのインタビューである。特に被災者インタビューではそんなことを聞く目的は何なんだ,と怒りすら覚える。悲嘆に暮れながらけなげに答えていた生存者を傷つけるだけではなく,同じような境遇のたくさんの人達の心の傷を深くえぐっていることにしかならない。"真実を伝えるのが報道の使命"とは言わせたくない。

 5日を過ぎると被災地の状況や必要とされる物品などへの,よりきめ細かい取材がみられる。一方,せっかく集められテレビ画面から流された情報が,被災者への救援に十分に生かされているとは言い難い。報道機関がこれらの情報を統合管理し,被災に対応している行政へ一定のルートで提供すれば相当役に立つのではないかと感じる。

 7日目,避難施設での寒さ対策など,健康や心のケアに関する具体的な報道が増え始めている。しかし,被災地の多くに情報が届いていない状況では,この情報提供はかなり自己満足の気味がある。報道の責任として情報が必要なところに届くための努力が求められる。救援やケアに関する情報をヘリコプターで配布するなど,工夫はいくらでもできるのではないだろうか。

 近代日本が始めて経験したこの大災害に対して,マスコミだけでなくあらゆる組織や機関そして個人が,組織の既存の機能や役割に縛られず"いかに被災者に,そして日本としての息の長い復興に役立にたつか"を知恵や想像力を総動員して考える必要があるだろう。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「改善は安全に」

 トヨタ生産方式の柱として知られる「カイゼン」は,工程や製品の"むだ"をなくすことを目的に,現場の作業者が中心となって行う活動である。トヨタ自動車が"カイゼン"によって収益力を大きく向上させたことから,カイゼンは世界語となり,さまざまな分野に普及している。一方,カイゼンは工程や原料などの"変更"という側面を持っている。化学プラントでは"変更"の管理が安全を維持するための重要な要素であり,現在も変更時のリスク評価のあり方について議論が進められている。

 しかるべき理由があった手順が,人が変わり組織が変わるとその手順の意味が忘れられ,改善の対象となることがある。例えば,化学装置の水圧試験は手間がかかることから,現場判断でこれを省略する例があると聞く。水圧試験をはしょったために見つからなかった容器の材料欠陥が原因で,容器が破裂したことがあった。水などの非圧縮性流体と異なり,ガス圧の上昇による破裂では,設備が激しく破壊されたり,破片が飛散して2次的な被害を生じることがある。

 また,石油化学プラントの製造部門のベテランからこんな話も聞いた。ある重合プラントで,それまで焼却していたプラント内のモノマー蒸気を回収し,原料として再投入するという改善が提案されたことがあった。原料回収の効率面が評価されて工程の変更が許可されたが,再投入されたモノマー蒸気が反応器壁などに凝縮して想定外の速度で重合し,重合熱で分解(解重合)が起きて反応器が破損した。プラントを立ち上げた当初の検討では,モノマー蒸気には重合禁止剤が含有されないため,異常重合の危険性が想定された。そこで回収せず焼却処理することが決められたことが判明した。そのときの経緯が忘れられて,原料のむだの削減だけが議論の俎上に上ってしまったのだそうだ。

 提案活動はオペレータが設備や運転について"考える"いい機会である。しかし,改善を目的とした変更では,どのような効果が上がるかという点に目が向きがちである。改善について考えるときには,それが生み出すリスクについても思いをめぐらす必要があるだろう。

 ちなみに,RISCADで"変更"に関連した事故を検索すると31件抽出された。だが,事例を読み下してみると工程や装置材料,原料の変更に起因する事例は,あまり多くはない。プロセスでは変更がリスクを増大させることが指摘されていながら,既存の事故データベースから変更に関する水平展開の材料を抽出するのは結構難しいことが判明した。多くの事故報告書が責任をあいまいにするような書き方をしていることとも,深い原因分析を阻害しているように感じられる。RISCADの新しい取り組みであるPFAでは,現場や事故の解析に関する経験豊かな専門家の知恵を借りて,事故に潜む"変更"などの間接的な要因も見つけ出したいと考えている。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「事故事例は役に立つのか?」

 不況の影響で企業を対象にした学会やセミナー会社の講演会は苦戦だそうだが,事故事例に関する講演会の参加者数はそう落ち込んでいないらしい。事故報告書には,「過去の類似事故を教訓としなかったのが大きな原因だ」,と指摘されているものも少なくない。事故の教訓は再発防止に役立つのだなぁ,と思われるゆえんである。だが本当にそうだろうか。

 事故事例の収集をライフワークとし,災害情報センターを設立された難波先生や駒宮功額氏から,「事故情報をできる限り集めておけば,必要のある人がそれを使って安全の向上に役立てることができるのだ」とよく聞かされた。しかし,災害情報センターが整備され,事故情報が提供されるようになると「安全の専門家を含めて,自分から使おうとする人が少ない。残念である。」と,こぼされることも少なくなかった。

 ここに事故情報活用の穴があるように思われる。かっては,化学工場での事故が少なくなかったので,他社の類似の事故情報を担当者が知れば,すぐに現場での再発防止に活用できたのだろうが,現場に事故の経験者が少なくなった今は,手取り足取りの説明が求められるようだ。ある化学会社の環境安全の部長さんが,「化学プラントは内部に巨大なエネルギーが存在しているのだが,ずっと事故がないと,若いオペレータは危険性を実感できない。それが悩みだ。」と話されていたのが心に残っている。危ないと思っていない人に事故の話をしても,通じにくいのはやむを得ないのかもしれない。

 事故の発生数から頻度を求め,リスク評価に利用する例も少なくないが,事故事例活用の本筋は教育ではないかと思う。

 RISCADは事故情報の提供に工夫を加えて,安全化への貢献を目指しているが,世代間の危機認識の溝を埋めるためにはさらなる進化も必要だろう。そのために,ユーザーの方たちとの対話が羅針盤となることは間違いがない。

 これからしばらく,事故事例の活用について考えてみたい。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「えっ!知らないの?」

 映画やテレビドラマの話をしていて,俳優の名前がどうしても出なかったという経験はないだろうか。年齢も国籍も違う人たちと食事をする機会があり,フランシス・コッポラの代表作"ゴッド・ファーザー"の話になった。ところが,そろって"ほおに含み綿を詰めたあの俳優"ということまで知っているのに,名前が出てこない。ひとりが携帯電話のwebサイトを検索し,マーロンブランドの名前を探し出して,妙にすっきりしたのだった。その後,日本人俳優の名前当てに移り,三船敏郎,高倉健,八千草薫などなど,結構思い出してちょっと安心したのだけれど,隣で飲んでいた大学生グループに,高倉健を知っているかと尋ねると,知らないという。最初は驚いたけれど,"健さん"もずいぶんテレビにも登場しないし,古い映画のDVDなど特に見たいとも思わないのだろう。そうであれば,名前を知らなくても当然なのだ。自分たちの常識は時代を超えて引き次がれていると思ってしまうのだろうが,情報の大きさや深さは,その伝承とは直接関係ないのである。

 同じことが安全についてもいえるように思われる。大事故の原因となった物質や工程でも,長年事故がないと個人でも管理運営に携わる組織でも,その危険性に対する感覚が鈍くなってくる。特に,安全の専門家の少ない研究所や大学などでは“そんなことも知らなかったのか”と思わせるような事故が少なくない。しかし,事故を起こした当事者を責めることはできない。先輩にとって当然知っているはずのことでも,教えられなければ危険性を認識できない。また,教えたとしても,怖さをしっかりとすり込まなければ,生きた知識になり得ない。どこの国でも事故事例の講習会は人気が高いと聞くが,これも,事例を通して危機認識をもたせたいという思惑があるからだろう。しかし,事故事例を安全感性アップの道具とするには,事故が起きた状況を自身の経験と重ね合わせて伝達できる人が必要であり,ベテランの減少は事故の経験を生かすといったことにも影響し始めている。

 RISCADは単に事故の情報を提供するだけではなく,“現場力”の維持・強化のためのPFA(Progress Flow Analysis)という新しい試みによって,ベテラン技術者の経験を付加したデータベースを目指しています。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「化学安全における経営層の役割」

 米国やヨーロッパでは21世紀以降も大規模な化学物質の火災や爆発,事故的な漏洩による環境や市民への被害が発生している。

 OECD(Organization for Economic Co-operation and Development,経済協力開発機構)では化学物質による事故や環境汚染の低減に向けてさまざまな取り組みを行っており,2009年に環境安全部門が安全への経営層の役割について提案した。それをうけてOECD化学事故ワーキンググループ(WGCA;加盟国の産業保安関連の行政官による国際会議)が策定した2009 - 2012の検討プログラムに,化学事故防止に対する企業経営層の役割についての検討作業部会が立ち上げられることになった。

 安全に対して経営層が果たすべき役割が重視されることには以下のような背景がある。

(1) 2005年に発生した英国石油の米国テキサス製油所(以下 テキサス事故;RISCAD ID=6509), 英国のバンスフィールドの油槽所での事故(以下 バンスフィールド事故;RISCAD ID=6685)では経営者の責任が問われることになったが,これらの事故は経営サイドの責任を問われた最初の例ではない。反応暴走によって多量のダイオキシンが発生放散されたセベソ事故(1976;RISCAD ID=71 )では製造依託元であるロッシュ社の,また化学会社の貯蔵タンクから猛毒物質が漏洩して,数万人が死亡したボパール事故(1984;RISCAD ID=73)では親会社であるユニオンカーバイド社幹部の責任についてメディアで取り上げられていた。

(2)ボパールやセベソ事故に関しては安全管理に対する意識や技術的な力量が不足した子会社への,親会社の責任に関する様々な議論があった。これらの経験を経てカナダ化学工学協会がレスポンシブルケア活動を提起し,国際的な活動へと発展した.

(3)テキサス事故とバンスフィールド事故は,ボパールの事故とは異なる側面がある。前者は大企業が直接経営するプラントの,かつ先進国での事故である。テキサス事故に関する“Baker Panel Report”には以下のようなコメントがある。「BPテキサス製油所では経営トップの安全への意欲不足により,安全に対する熱意や能力等の足りない現場管理職による設備運営がなされることになった。英国石油は全社的にコスト削減の状況にあった。現場では脆弱で不十分な保守管理や,モチベーションの低下したスタッフによる運転が行われ,これによって安全管理への意識が低下していた。」

(4)バンスフィールド事故における刑事訴追は現在も継続している。訴追内容によれば,設備は過酷なプロセス条件で,しかも低い技能レベルの運転員によって運転されてきたことが明らかになっている。これらの要因から,貯槽への充填などの作業が適切に行われなかったことも少なくなかったと推定されている。

(5)1990年以降,金融による企業買収や企業統合が大きな問題となっている。石油や石油化学でも多くの企業で統合や再編が進んでいる。また,ICI,Hoechst等よく知られた企業名が消失し,新たな企業名が出現している。ベンチャーキャピタルや未公開株式など新しい金融システムは,現場の安全において新たな問題を出現させている。これらの金融システムの変化によって安全が企業の方針にどのように位置づけられるかが明確になっていない。伝統のある製造業では保守管理や教育の重要性は認識されている。しかし新たな金融システムでこれらの企業を入手した経営者が,安全担保のための必要要件の重要性をどれほど認識するか疑問である。

(6)OECD/WGCAで作成された"Guiding Principles for Chemical Accident Prevention, Preparedness and Response(2003)"では企業の安全文化を以下のように規定している。

「安全文化は安全に関して経営層が価値を認め,それを態度,方針示し,徹底した意思疎通によって安全を社内全員の意志とすることである。安全文化の醸成のためにはまず取締役会など経営層が方針を打ち出すことから始められる。その方針は理解が容易であり,また実効性のあることが必須である」

なお,我が国でも安全工学会がプロセス産業の保安における経営者の役割について検討を行い,経営者が主体的に取り組むべき項目についてまとめている。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「災害報道と原因の探求」

 日本の自然災害は地震だけではなく,風や雨が大きな被害を発生させることも多い。大雨の後の土砂崩れなど,人災の要素もある災害もしばしば報告されている。テレビ画面でこのような災害の悲惨な映像と,切なげなレポーターが被害者やその家族にするインタビューが繰り返し流され,苦渋の表情を浮かべたキャスターが役所をしかりつけている。“行政はいったい何をしていたんだ!”と,怒る彼または彼女のコメントを,テレビの前でうなずきながら眺めていることも少なくない。埋め立て事故で崩壊した建家など,模型まで使って被害の状況を詳細に紹介し,防災や地質の専門家がその原因を解説することもある。今起きている重大な事象を市民が共有できるのは,報道があってこそであり悪いことでは決してない。

 一方,梅雨末期の豪雨で起きた土砂崩れで,多くの犠牲者が出た老人ホームの前で年配の寮長さんが発したコメントが,とても気になった。彼女は怒りを通り越した冷静さで“これは起こるべきして起きた事故です。上流域の無計画な道路工事で森の保水力が失われていたのです。これは前から予想されていたことなんです”と述べていた。多分,行政はしかるべく数値を並べて工事の正当性を主張するだろうが,彼女の言い分は素人でも理解できる真っ当なものであった。

 災害報道の目的を一概に決めつけることはできないかもしれないが,“他人の不幸は密の味”的なものであってはならない。事故が行政等の組織やシステムの過誤や欠陥に起因するならば,それを明らかにして悲劇の再発を防ぐことに,一役買うべきではないだろうか。むろん,事故の再発防止の検討は報道本来の使命ではない。しかし,報道であるが故に得られた貴重な情報は,専門家が事故の背後にある要因を分析する際に大いに役立つだろうし,分析の結果明らかになった要因を周知し,事故の再発に活用するうえで報道の果たすべき役割は大きいと思う。

 ご存じのようにRISCADでは,化学事故の根本的な原因分析のバックアップのために事故進展フローを作成している。市民が犠牲なることの多い自然災害でも,このような事故進展フローを作成することで,取り返しのつかない事故の大本の原因にまでさかのぼることが可能である。

 テレビで流される災害情報をドラマのように眺めるたびに,事故データベースに関わる者として,事故情報は再発防止のためにあるということ強く感じるのである。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「産業における安全文化(1)」

 欧米や日本では石油や石油化学プロセスでの潜在危険性の増大が危惧されている。その背景には,これらの基幹プラントの多くが1970年代に建設され,40年,50年という経験のない長寿命設備のメンテナンスを求められることや,これらを運転,保全する人たちの大量引退の時期を迎えることなどがある。プラント安全管理のために多くの機器やシステムが開発されているが,それにもまして重要なのが人と組織の問題であることが指摘されている。

 ヨーロッパでは1980-1990年にチェルノブイリ原子力発電所事故をはじめとして,鉄道や産業分野で大事故が発生した。マンチェスター大学のジェームズ・リーズン教授を中心に,多くの研究者がこれらの重大事故を分析して,複雑化,巨大化したシステムでは,些細なミスが重大事故となることを見いだした。これらの分析結果から,安全に関する組織がもつべき安全文化に関する研究がすすんだ。リーズン氏は著書(「組織事故」;日科技連刊 1999年)で,安全文化とは「正義の文化」「柔軟な文化」「報告する文化」「学習する文化」であると述べている。

 一方,プロセス産業では,米国Texas-city製油所での爆発(2005年,15名が死亡した),英国Buncefieldの油槽所での火災(2005年,甚大な環境汚染が生じた)など,重大な火災,爆発災害が起き続けている。これらの事故については詳細な原因の分析が行われ,経営層の責任と安全文化の必要性が指摘された。

 また,日本でも石油精製や石油化学における保安コンプライアンス問題や事故への対応,ならびに自主的な保安力の向上を目的に,原子力安全・保安院の諮問委員会(2006年 田村昌三座長)が安全文化の醸成によるプロセス産業の,自主的な保安力向上に対する具体的な対応策の必要を諮問した。直ちに安全文化と自主的な保安力のあり方に関する具体的な作業が始まり,2006年から安全工学会が経済産業省の委託に基づいて,安全文化,保安基盤の項目と両者の関係に関する検討を行っている。

 本年度からプロセス産業の関連事業所への調査を通して,保安力評価を自主的な安全活動として活用するための検証する段階に至っている。次号から,保安力のコンセプト,安全文化や保安基盤の項目と構成,自己評価のあり方と評価結果の活用などについてご紹介する予定である。本事業には産業技術総合研究所安全科学研究部門も参画しており,メールマガジンの読者からもぜひご意見を頂きたいと考えている。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問

「化学安全と難波先生」

 難波桂芳先生(東大名誉教授)は安全工学という言葉が日本に根付いた功労者のお一人である。先生がもっとも熱意を持っておられるのが事故情報の活用である。私が初めてお目にかかったのは,安全化学に足を踏み入れたばかりの,30年ほど前だった。そのときに,「私はずっと会社の人たちに“事故に学べ”と説いてきたのだが,最近は“事故に学ぶな”と言っているんだよ」言われたのがずっと記憶に残っていた。それから,10年以上たって,“再び事故に学べ”と主張されるようになった。

 “事故に学べ”とおっしゃられていた1960年代,化学品を扱う工場では硝酸アンモニウムのような爆発物や,ノルマルヘキサンのような可燃物が甚大な死傷事故を引き起こしていた。その後,危険物による単純な重大災害は減少し始め,反応暴走のような複雑な化学事故が増加し始め,危険性予測の重要性が求められるようになってきた。そこから,技術導入の時代にあった化学産業に対して“事故に学ぶな”とのコメントをされたのだろう。

 “再び事故に学べ”・・・1990年代になると日本の化学プロセス創世紀の,事故を経験した人たちが現場を離れ,1950-1960年代に事故原因となった物質の,安易な取り扱いが事故の原因となることが目立つようになる。

 難波先生の熱意が経団連を動かして基金が集まり,災害情報センターの創立となった。

 そして今,化学事故の発生要因は複雑になっている。物質の危険性評価やプロセス安全技術はかなり向上した。その反面,プロセスのリスクを熟知したベテランの引退や,設備のブラックボックス化,作業の下請け化などに伴って,ヒューマンファクター要因の重要性が指摘されている。プロセスリスクにおける組織要因や人的要因を抽出するために,事故の詳細分析(根本原因分析など)が評価されている。

 化学安全に関する状況は大きく変わってきたが,難波先生のライフワークであった,事故事例がいまだに安全の基本であることは変わっていないといっていいだろう。

Written by 若倉正英
NPO災害情報センター 理事
(国研)産業技術総合研究所 安全科学研究部門 研究顧問